クオンツ戦略で最も重要なのは「どんな歪みを捉えようとしているのか?」という仮説を明確にすることです。これは単なる思いつきではなく、「なぜその戦略が市場で通用するのか?」というロジック(勝てる理由)を言語化するプロセスです。
このステップを飛ばして、いきなり機械学習やバックテストに進んでしまうと、たとえ一時的にうまくいっても再現性がない、という壁に必ずぶつかります。
なぜ仮説が必要なのか?
金融市場は高度に効率的に見えますが、それでも非効率(歪み)は至るところに存在します。
その非効率は多くの場合、「一時的な心理バイアス」「制度の制約」「情報伝達の遅延」「裁定不完全性」などによって生まれます。
例えば:
- 急落後の過剰反応
- 月末リバランスによる資金フロー
- 決算発表の翌日に過小評価された銘柄群
- 為替変動に追随できない先物市場 など
クオンツモデルとは、これらの非効率が繰り返されるロジックを数式化することに他なりません。
仮説例:ペアトレード系
- 「日経225先物とTOPIX先物のスプレッドは、為替(USDJPY)や日経VIの急変に反応して拡大し、その後平均回帰する傾向がある」
- 「商社セクターの株価はWTI原油価格の遅行的な動きに影響されやすい」
仮説例:アウトライト(日経先物・個別株)
- 「日経225先物は、前日にドル円が一定以上の円安方向に動いたとき、寄付きから前場終盤にかけて買いが優勢になりやすい」
- 「ボラティリティ(VIX)が急騰した翌日は、日経先物が反発しやすい(逆張りリバウンド)」
- 「高PER銘柄は決算発表前に先回り買いされるが、発表後に売られやすい(材料出尽くし効果)」
- 「ROEが改善している中小型株は、機関投資家の資金流入までにタイムラグがあり、その期間に上昇しやすい」
仮説の組み立て方
仮説を作るときは、以下のような質問を自分に投げかけてみましょう:
質問 | 目的 |
---|---|
何が市場の非効率なのか? | 歪みの正体を明確にする |
誰がその歪みを作っているのか? | 個人投資家?機関?海外勢? |
なぜその歪みは消えずに繰り返されるのか? | 裁定が効かない理由を考える |
それはどのタイミングで強く現れるのか? | 実行時期を明確にする |
どのようなデータでそれを捉えられるのか? | 特徴量設計へつなげる |
これらを通じて、モデル設計の「羅針盤」としての仮説が完成します。
実際に仮説から戦略を構築してみよう
実際に戦略を構築する流れを体験するには、以下のようなアウトラインで進めてみましょう。
※ 今後、STEP毎に実際にクオンツモデル構築を順番に行って行きます。
🔍 仮説定義(STEP 0)
仮説例:「VIXが急騰した翌日は、過剰なリスク回避の反動で日経先物が反発しやすいのでは?」
📊 データ取得と検証(STEP 1〜4)
- VIXの1日変化率を特徴量とする
- 翌日の日経先物のリターンをターゲットにする
- ICや分位点リターンで相関を確認
🤖 モデル化と検証(STEP 5〜8)
- XGBoostやロジスティック回帰で反発確率を予測
- 予測確率が高いときだけロングエントリー
- 保有日数は3日固定でバックテスト
- シャッフルテストやウォークフォワード検証で信頼性確認
🚀 実装とモニタリング(STEP 9〜11)
- 簡易な自動売買ロジックに落とし込み
- 毎週KPI(勝率・PF)を確認し改善へつなげる
このように、「仮説→設計→検証→運用」という一連の流れの出発点となるのがSTEP 0の仮説定義です。
わからないからといってここを飛ばさず、「なぜこのアイディアが勝てそうか」を“自分の言葉”で語れることが、クオンツの世界で成功するための第一歩です。

練習課題:ミニ日経225先物 × アウトライト取引における仮説構築(STEP 0)
目標
「ミニ日経225先物の価格変動に、何らかの歪み・非効率が存在する」と仮定し、
それがなぜ・どうして起きるのかという仮説を立てることが目的です。
① 市場の特徴を理解する
ミニ日経225先物には、以下のような特徴があります:
観点 | 特徴例 |
---|---|
参加者層 | 個人トレーダーが多い(感情・オーバーリアクション) |
価格の動き | 米先物・為替(USDJPY)・日経VIに大きく影響 |
流動性 | ラージ(日経225先物)よりやや薄く、価格の跳ねやすさがある |
時間帯特性 | 寄付き・前場引け・後場寄り・引けで価格挙動にクセあり |
② 非効率の仮説を検討する
以下のような仮説が考えられます(複数案出してみましょう):
仮説A:「恐怖指数(日経VI)が急騰した翌日は反発しやすい」
理由:
日経VIの急騰=リスクオフの過剰反応が出たことを示し、
翌日はポジション調整での買い戻しが入って価格が戻りやすい。
狙う歪み:投げ売り後の短期リバウンド
仮説B:「寄付き直後の上昇幅が大きい場合、前場後半に調整が入りやすい」
理由:
個人投資家による寄付き成行注文で一時的な過熱 → 利食い圧力が後半に出る
狙う歪み:時間帯による非効率
仮説C:「ドル円が夜間に急騰した翌朝は、寄付きで日経が過剰反応してその後戻る」
理由:
為替変動に敏感な海外勢が先物で先に買いに動くが、現物との乖離で裁定が入る
狙う歪み:外部イベントに対する過剰反応
③ 仮説の比較と選定
上記のうち、どの仮説が検証しやすく・モデル化しやすいかを比較して、ひとつを選びましょう。
例えば…
- データ取得のしやすさ(VI、USDJPY、寄付き価格など)
- 仮説の再現性(明確な条件があり、繰り返し観測されていそうか)
- ターゲット定義がしやすい(例:翌日の上昇/下落など)
④ STEP 0 のまとめフォーマット(記述用)
以下のように記述しておくと、次ステップで使いやすくなります。
仮説名(例):日経VI急騰時のリバウンド
- 対象:ミニ日経225先物(寄付き〜前場引け)
- 背景:前日に日経VIが大きく上昇(+10%以上)した翌日は、過剰なリスクオフの反動で反発する傾向がある
- 狙う歪み:リスク過敏な投げ売り → 翌日の買い戻し
- 予測対象:翌日の始値→前場引けのリターンが正(=上昇)である確率
- 特徴量候補:前日の日経VI変化率、日中の出来高、夜間のドル円変動など
- 検証方法:翌日前場リターンとの相関性/分位点分析/反発確率の推定


次に練習課題で実践用に私なりの構築をしていきます。
仮説名:日本市場は“朝イチ”に外国人投資家の影響を強く受ける?
私たちが普段見ている日本の株式市場ですが、実は取引の約7割は外国人投資家によって行われていると言われています。
つまり、日本市場は国内の材料よりも、海外の動きに強く反応しやすい構造になっているのです。
その中でも特に影響が大きいのが、
- 米国株の主要指数(ダウ、ナスダック、S&P500)
- 為替(ドル円)
といった海外市場の動向です。
さらに、毎朝9時〜10時の立ち上がり時間に注目してみると、仲値決定(9:55)までは海外勢の影響が色濃く残る時間帯とも言えます。
仲値とは銀行がその日適用する為替レートのことで、これを見越した注文や仕掛けが集中しやすいのです。
この仮説から得られる戦略のヒント
- 「米国株が強い → 翌朝の寄付き〜9:45まで上昇しやすい?」
- 「ドル円が深夜に円安へ → 外国人の買いが朝に集中する?」
- 「仲値決定(9:55)前後で一時的にトレンドが変わる?」
このように、「誰が」「なぜ」「いつ」市場を動かすのかを考えることで、戦略の“芯”になる仮説が構築できます。あくまでも仮説なので、考えが正しい必要はありません。後のSTEPで仮説が正しいか確認をしていきます。
STEP 0 まとめ
- 対象:ミニ日経225先物(寄付~9:55)
- 背景:日本市場の約7割は外国人投資家による取引。彼らのポジション反映は、米国市場の流れやドル円の動向を受けて翌朝の寄付きに現れる。
- 時間帯の特性:9:45〜9:55までは仲値決定前で、為替関連注文が活発。ここまでは海外要因主導、それ以降は国内フローが強まる傾向。
- 狙う歪み:海外市場に連動しやすい寄付き直後の短期トレンド
- 検証方向性:前日の米国株指標(DOW, NASDAQ, S&P500)、深夜のドル円変動 vs 翌朝9:00〜9:55のミニ日経225先物リターンの相関
次ステップ
次はこの仮説に対して、以下を実施していきます:
- 必要なデータの収集(ダウ・ナスダック・S&P500など)
- 特徴量の設計(STEP 2)
- ターゲット(正解ラベル)の定義(例:翌日前場リターンがプラスか)
- ICや分位点による仮説の初期検証(STEP 4)
STEP 1では、データ収集とデータのクリーニングをします。まずは仮説を立てて、その仮説の証明に使うデータを集めておいてください。それでは、また次回!
